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お知らせ

2021/12/17 18:39

第7話 手袋を仕立てに

手袋の専門店に来たのなんて、初めてだった。いちげんさんお断りとかだったりしたらどうしよう。などと頭によぎったけれど、勇気を出して店内に足を踏み入れる。だって、この店に来るためだけに3時間かけて香川県にやってきたんだから。

 大抵の日用品は、スーパーや100円均一で買える。手袋もその一つだ。

 でも、私が目指す大人の女性は、理想の女性は、どこででも手に入りそうな物ほどこだわり抜いて選ぶんだ。そうやって、自分らしさを醸し出すんだ。もう40代だけれど、私はこの手のことは今まで全く気にしてこなかった。

 朝晩どころか日中も随分と冷え込んできて、明日にでも冬が迫ってきそうな今日この頃。自分史上、一番遅い衣替えをしていたら、毛玉だらけの手袋を発見したのだ。よく見ると、親指の付け根部分には小さく穴が空いていた。というわけで、新しく手袋を探すことにしたのだ。

「どうぞ、手にはいてみてください」

 お店の人の声に、私はドキドキしながら小さくうなずく。けれど、何十種類もの色の手袋を前に、どれから試そうかと迷ってしまった。

「ご希望の生地やサイズで、オリジナルの手袋をお作りすることもできますよ」

「オーダーメイドってことですか」

 お店の人の笑顔に、気が付いたらもう「お願いします」が口から飛び出していた。



 それから、私だけの手袋作りが始まった。

 どんな手袋にするか、お店の人はいろいろと提案してくれた。指の長さだけでなく、手首の長さも調整できるらしい。また、手の甲と掌とで生地の色も変えられるとのこと。

 驚いたのは、お店の横の工房で、すぐにオリジナル手袋を仕立ててもらえたこと。しかも、生地を裁断し、縫うところまで全部見せていただけた。手袋を縫うミシンって、あんなに小さくてかわいいんだ。職人さんの仕事は何一つ無駄な動きがなく、洗練されていた。裁縫どころか針に糸を通すことさえ苦手な私だけれど、それはわかった。そして、高級レストランには入れないような恰好で来てしまったけれど、どこかのお嬢様にでもなったような、とてつもなく贅沢をしているような気持ちになった。あ、もうお嬢様って年じゃないか。

 できあがった手袋を、早速はめてみる。手の甲は深緑で、掌はベージュ。冷え性なので、手首の部分を少し長めにしてもらった。



「何だか、手がきれいに見えますね!」

 なんて、こんなことを口走るほど、手袋は私にフィットしていた。

「気に入っていただけて、よかったです」

 お店の人の言葉に、私は大きくうなずいた。

 来た時はあんなにドキドキして縮こまっていたのに、今は前からの知り合いのようにお店の人や職人さん達と笑っていた。

 冬が来るのが待ちきれないな。このすてきな体験をいつも傍に置けるんだから。



【連載ウェブ小説「せとばれ」は毎週日曜夜7時ごろ配信】

手袋やマフラーを通じて広がる小さな物語。

日々の何気ない生活が、色彩を帯びて暖かくなる。

明日の小さな楽しみが見つかる。

少しだけ気持ちが楽になる。

明日は瀬戸晴れ!


【「せとばれ」について】
130年の歴史がある香川県東かがわ市の手袋と、それをつくる地域の職人たち。その手袋やマフラーなどを通じて、世代のちがう様々な人たちの関係が深まり、広がっていく。
そんな小さな物語を描く一話完結型の連載ウェブ小説「せとばれ」と、手袋職人を守り育てるブランド「佩(ハク)」は江本手袋が運営しています。